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声明「さらに問題を拡大する」

2016年9月20日

 さらに問題を拡大する

 ~「『特別の教科 道徳』の指導方法・評価等について」(報告)及び「学習指導要領の一部改正に伴う小学校、中学校及び特別支援学校小学部・中学部における児童生徒の学習評価及び指導要録の改善等について」(通知)の問題点~

 

公教育計画学会理事会

 

文部科学省は2016(平成28)年7月29日、「学習指導要領の一部改正に伴う小学校、中学校及び特別支援学校小学部・中学部における児童生徒の学習評価及び指導要録の改善等について」という通知(以下、「通知」)を出した。これは同年7月22日の「『特別の教科 道徳』の指導方法・評価等について」(道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議の報告、以下「報告」)を踏まえたものである。

もとより「道徳の教科化」には本学会理事会声明(2014年10月21日で指摘したように以下の深刻な問題を生み出す。

 

  1. 道徳が教科化されれば、検定教科書を通して、人間の善き生き方や思想・信条の自由に大きくかかわる価値観を国が一方的に決定し、それが学校を通じて子どもに「涵養」されることを意味する。つまり、道徳の教科化とは、国による一方的な価値観を強制するものであり、現行憲法に規定されている子ども、保護者、教職員の「思想・良心の自由」(19 条)、「学問の自由」(23条)及び「教育を受ける権利」(26 条)を侵害することになる。
  2. 最も懸念されるのは、「国を愛する態度」を他ならぬ政府が、法的拘束力があるとされる学習指導要領をもって子どもに強いることになる点である。それが何を招来するかは、第二次世界大戦前の日本で無条件に「忠君愛国」を強いた「教育ニ関スル勅語」に基づく「修身」という教科とその教育の歴史的な結末を見れば明らかである。
  3. 道徳の教科化は「道徳」の「建前」主義を現在よりさらに強くすることになり、子どもたちのリアルな関係、とりわけ過剰な学力競争を契機とする精神的ストレス、閉塞感という関係性のなかで生じる「いじめの問題」の是正には役立たず、むしろ問題を深刻化しかねない。そもそも道徳教育を充実さえすればそれで子どもたちの諸課題が解決するという発想それ自体に問題がある。
  4. 全国学テを典型とする昨今の教育政策は、子どもたちを過剰な競争に追い込んでいる。そうした教育政策によってすさんでいく子どもたちの心情・内面を「徳目」によって押さえつけ囲い込もうとする施策が、今回の道徳の教科化である。
  5. 日本の学校現場や教職員も学力向上政策に追い立てられている。道徳の教科化によって生じるのは研修時間の増加、教科書に沿った学習指導案作成、通知表・指導要録への評価の記載などという教員の更なる多忙化である。2008 年のOECD による国際教員指導環境調査(TALIS)で浮かび上がった日本の教員の勤務実態は改善されるどころか、より過酷な状態になることは想像に難くない。

 

「『特別の教科 道徳』の指導方法・評価等の改善について」(報告)に基づく通知は、以上の問題をさらに拡大する。

 

  1. 数値による評価は行わず、他人と比較することのない個人内評価をすることが強調されている。これまでも「行動の記録」に評価をつける場合の参考の一部になっていた「道徳の時間」とは違い、「特別の教科 道徳」はその目標である「よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を広い視野から多面的・多角的に考え、人間としての生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育て」に即して評価されるのである」。これは生き方そのものが評価されることである。教員に対する児童生徒の意識は大きくかわらざるを得ない。つまり教員の目を気にした発言やふるまいをすることになってしまう。

「特別の教科 道徳」は児童生徒の生き方を広げ、深めるよりは、萎縮や建前化をもたらさざるを得ない。

  1. 「報告」でも「通知」でも「『各教科の評定』や『出欠の記録』、『行動の記録』、『総合所見及び指導上参考となる諸事項』等とは基本的な性格が異なるものであることから、調査書に記載せず、入学者選抜の合否判定に活用することのないようにすること」を強調している。たしかに、試験の際に使う調査書には記載されないかもしれない。だが、進路指導にさいしてこれが利用され、推薦入試希望者の推薦基準として利用される可能性は大である。

さらに、「行動の記録」欄に評価を記入する際に「特別の教科 道徳」の評価が考慮される可能性もある。「行動の記録」欄に示される項目が「特別の教科 道徳」の内容項目とほぼ同じであり、かつ記入に際して、これまでも「各教科、道徳、特別活動、総合的な学習の時間、その他学校生活全体にわたって認められる生徒の行動について、各項目ごとにその趣旨に照らして十分満足できる状況にあると判断される場合には、〇印を記入する。また、特に必要があれば、項目を追加して記入する。」(小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校等における児童生徒の学習評価及び指導要録の改善等について(通知)2010年5月の【別紙2】(中学校及び特別支援学校中学部の指導要録に記載する事項等) 下線、引用者)とされているからである。

  1. 「報告」では、「親子道徳の日」の設定や道徳科の教科書を児童生徒と読むことなどを通じて保護者と児童生徒が一緒に道徳について考えることを推奨している。これは子どもをだしにして大人の価値観まで影響を及ぼそうとするものである。これ自体とうてい認められないが、これによって家庭対応の格差や二極化を拡大することが懸念される。子どものためとして積極的にかかわっていく家庭と、しんどい状況のなかとてもかかわれない家庭との格差がさらに拡大する可能性がある。
  2. 教員の多忙化はさらに深刻化する。「報告」では数値によらない評価について、「一人一人の児童生徒の学習状況や道徳性に係る成長の様子について、発言や会話、作文・感想文やノートなどを通じて、「児童生徒の学習状況や成長の様子を把握することなどの方法の提案があった。なお、こうした評価に当たっては、記録物や実演自体を評価するのではなく、学習過程を通じていかに成長したかを見取るためのものであることに留意が必要である」と指摘している。

教員は日々評価のまなざしをもち、かつ多様な資料やデータを作成して児童生徒を観察することになる。しかも、小学校では「特別の教科 道徳」から2年遅れるが、5、6年生の担任は新たな教科として「外国語」を教え、3、4学年の担任は「外国語活動」を指導し、評価しなければならなくなる。授業準備はもちろん、評価のための資料作成の時間に追われることになる。

  1. すでに検定教科書の作成がすすみつつあるが、学習指導要領にもとづく教科書作成と検定基準にもとづく教科書検定によって、道徳的価値についての国家による枠付けはゆるぎないものになる。「報告」では「多面的・多角的な見方」を強調しているが、内容項目として示された「価値」は変わることはないからである。

 

あらためて「特別の教科 道徳」を批判し、撤回を求める。

この投稿は2016年9月22日に公開されました。